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最高裁判所第一小法廷 昭和60年(オ)1563号 判決 1986年9月04日

主文

原判決を破棄する。

被上告人の本件控訴を棄却する。

被上告人の原審における請求の拡張部分を棄却する。

控訴費用及び上告費用は、被上告人の負担とする。

理由

上告代理人祝部啓一の上告理由二について

貸与される金銭が賭博の用に供されるものであることを知つてする金銭消費貸借契約は公序良俗に違反し無効であると解するのが相当であるところ(最高裁昭和四六年(オ)第一一七七号同四七年四月二五日第三小法廷判決・裁判集民事一〇五号八五五頁)、原審の適法に確定した事実によれば、被上告人は、上告人甲野に対し本件金銭が賭場開帳の資金に供されるものであることを知りながら、本件金銭を貸与したというのであるから、本件金銭消費貸借契約は公序良俗に違反し無効であるというべきである。したがつて、本件金銭消費貸借契約は無効とはいえないとした原審の判断には、民法九〇条の解釈適用を誤つた違法があり、この違法は原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、これと同旨に帰着する論旨は理由があり、原判決は、その余の論旨について判断するまでもなく、破棄を免れない。そして、原審の確定した事実及び右の説示によれば、被上告人の請求は、上告人らの主張する相殺の抗弁について判断するまでもなく、原審における請求の拡張部分を含めて、その全部につき理由がなく、棄却すべきことが明らかである。

ところで、本件訴訟の経緯についてみるに、記録によれば、(一) 第一審は、被上告人の本件貸金請求につき本件金銭消費貸借契約は公序良俗に違反しないなどとして貸金債権が有効に成立したことを認めたものの、右貸金債権は、上告人らの主張する反対債権である売買代金返還請求債権と対当額で相殺されたことによりその全額につき消滅したとして、被上告人の本件貸金請求を棄却する旨の判決をした、(二) 第一審判決に対しては、被上告人のみが控訴し、上告人らは控訴も附帯控訴もしなかつた、(三) 原審は、被上告人の貸金債権については、第一審判決と同じく公序良俗違反などの抗弁を排斥してその有効な成立を認めたうえ、上告人らの主張する相殺の抗弁については、反対債権は認められないとしてこれを排斥し、被上告人の本件貸金請求(原審における請求の拡張部分を含む。)を認容する判決をした、(四) 上告人らは、原判決の全部につき上告の申立をした、というものであるところ、本件のように、訴求債権が有効に成立したことを認めながら、被告の主張する相殺の抗弁を採用して原告の請求を棄却した第一審判決に対し、原告のみが控訴し被告が控訴も附帯控訴もしなかつた場合において、控訴審が訴求債権の有効な成立を否定したときに、第一審判決を取り消して改めて請求棄却の判決をすることは、民訴法一九九条二項に徴すると、控訴した原告に不利益であることが明らかであるから、不利益変更禁止の原則に違反して許されないものというべきであり、控訴審としては被告の主張した相殺の抗弁を採用した第一審判決を維持し、原告の控訴を棄却するにとどめなければならないものと解するのが相当である。そうすると、本件では、第一審判決を右の趣旨において維持することとし、被上告人の本件控訴を棄却し、また被上告人の原審における請求の拡張部分を棄却すべきことになる。

よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 谷口正孝 裁判官 角田禮次郎 裁判官 高島益郎 裁判官 大内恒夫)

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